博士研究
トマ・ヴォーティエは、フランス(エクス=マルセイユ大学、アルル国立写真高等学校)と日本(東京藝術大学、京都市立芸術大学)の両国で2020年から2024年にかけて芸術による研究博士課程を行い、「文学・芸術創作の実践と理論」博士号を取得した。
芸術プロジェクトと並行して、彼は日本における社会的に関与するアートのあり方について研究を進めた。自然災害だけでなく文明的な災厄と並行して美術史を描き出すことで、一つの反復的なモチーフが浮かび上がった――「家」である。災害後の再建から、人口減少地域における住宅の再生、さらには都市の中心における独立的でコミュニティ志向の拠点づくりまで、日本のアーティストたちは「公共性」を重視した異質的なアートを展開してきた。2019年から2024年にかけて、トマは美術史、美学、社会地理学の領域を横断しながら、アクティビズムと芸術実践の狭間にある多様なフィールドワークを行った。
要旨
1990年代以降、日本の現代美術は、地域やコミュニティの再生に向かう実践へと大きく舵を切ってきた。その背景には、自然災害だけでなく文明的な災厄も存在する。こうした実践は、作品の形式や機能そのものを問い直すものであり、フェスティバル、アーティスト・イン・レジデンス、アーティスト・ラン・スペースなど多様な装置を通じて展開されている。それは「公共性」を重視する異質的(ヘテロノーム)な芸術への転回を示し、特に「住まう」というモチーフに支えられている。すなわち、災害後の再建、過疎地域での住宅の再生活用、都市中心部における自律的・共同体的拠点の設立に繰り返し現れる「家」という像である。この空間的転回はまた「脱作品化」の傾向を反映している。ここでいう脱作品化とは、芸術を日常生活に統合することに基づき、作品の対象化やフェティシズムに対する根源的な批判を意味する。
その思想的背景には、日本の隠遁美学や伝統的な芸道がある。西洋の美術概念に対抗する形で動員され、農民美術や民藝といったアナキズム的・協同組合的芸術に浸透したこれらの系譜(第一部)は、1950〜70年代の反芸術やノンアートといった前衛運動を経て、今日の「再生の芸術」として再び立ち現れている。日本の社会的に関与する芸術の特異性は、災害との周期的な関わりにある。災害は断絶や再構成の契機として作用し(第二部)、アーティストたちは社会的再建の主体としての役割を再考し、参加型・協働型のプロセスを通じて被災地を再生してきた。この動態は人口減少という危機にも及び、芸術は衰退する農村地域におけるオルタナティブな生のあり方を育む具体的な変革の媒介となっている(第三部)。
尾道、京島、神山といった「創造的過疎」プロジェクトや、越後妻有、瀬戸内の島々といった典型的事例の分析を通じて、本研究は、日本における再生芸術が自己組織化や集団的参加のプロセスをいかに導入し、芸術・建築・領域の関係を再定義しながら、支配的な美学的パラダイムに対する批判を展開しているかを示す。美術史、美学、社会地理学といった学術的領域に依拠したこの言説的研究に加え、筆者自身の芸術実践――空間的ワークショップや都市ドキュメンタリーの手法――をも動員し、リサーチ・クリエイションの方法論に基づいた探求を行っている。
連携機関
- EUR ArTeC(イヴ・シトンのサポートによる)
- エクス=マルセイユ大学(フランス、フレデリック・プイヨード、クレリア・ゼルニクのサポートによる)
- 東京藝術大学(熊倉純子のサポートによる)
- 京都市立芸術大学(小山田徹のサポートによる)
- 支援:日本政府文部科学省(MEXT)奨学金プログラム
研究発表
トマ・ヴォーティエの研究は、主要な学術誌や共同著作に発表されてきた。代表的なものに、Multitudes(2020年)、共同書籍の一章(エディション・グートナー、2021年)、Relations(東京ビエンナーレ、2023年)、そして Turbulence(2025年)がある。さらに、エクス=マルセイユ大学で開催されたマスタークラス「Créer par le milieu」に基づく章(パンドール出版)など、複数のテキストが刊行予定である。
また彼の研究は、国際的な学術・芸術の場で多数発表されている。東京藝術大学(芸大)、京都市京セラ美術館、フランス国立図書館(BnF)、エクス=マルセイユ大学、パリ第8大学 – EUR ArTeC、アルル国立高等写真学校、さらにシンガポールの LASALLE College of the Arts における Asia Pacific Network for Cultural Education and Research (ANCER) シンポジウムなどである。発表内容は、芸術的リヴァイタリゼーション、脱作品化のプロセス、空間的ファブリケーション、そして災害に対する美学的応答を中心に、日本における社会的に関与する芸術の特質を、連続性と断絶の両面から探究している。
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